ブラックホール撮影成功 環境問題への光 国立天文台・本間教授(本間希樹教授)


【ワイドナショー】ブラックホール 本間教授【ノーベル賞並もの】

 プロジェクトメンバーは、約200名。世界各国に居り、3分の1がアメリカ人らしい。メンバー間での喧嘩は結構あるらしく、今回、ブラックホール撮影成功し、祝賀パーティーは行ってないとのことだが、もし行われることになれば、どこの国で行うのか、そのあたりもメンバー間での協議になりそうだ。

 100年ほど前に、相対性理論で有名なアインシュタインが、ブラックホールは存在すると話し、それが本当に、確実になった。現在は、静止画としての撮影に成功。今後は、動画の撮影を行い、ブラックホールの様子をとらえていく方針とのこと。

 仮説として、ブラックホールに入ってしまうと出られない。真ん中で消滅してしまう。とのことで、地球上のごみ問題。環境問題や対策として、今後ブラックホールの活用を進めてもらいたいものです。

本間教授とは、

世界初のブラックホールの撮影に成功し、“ノーベル賞級の偉業”との声も聞かれる国際プロジェクトで、日本の代表を務めたのが国立天文台の本間希樹(まれき)教授(47)だ。容貌もイケメンで、一夜にしてスター誕生の感もあるが、能力と手腕は以前から天文学界では評判だった。大学院時代から同氏を知る研究者がそのすごさを明かした。

ブラックホールの撮影成功について「ノーベル賞級の功績だ」と語る放送大学の谷口義明教授(天文学)が、改めてその意義を説明する。

「(ブラックホールの)アイデアは1916年のアインシュタインの一般相対性理論で見つかっていた。その後、観測装置で宇宙を調べると、星では説明できないエネルギーを出す物があり、50~60年代には、これを説明するにはブラックホールが一番だという流れになった。ただ、誰も見たことがなく、みんな疑問を持っていた」

撮影を成功させ、100年越しの疑問を解明した世紀の発表で、日本でのプレゼンを行った本間氏は、国立天文台教授や総合研究大学院大学教授を務める。

本間氏のホームページによると、1971年、米国テキサス州生まれ。神奈川県の栄光学園中学、高校から90年に東大理科1類に合格。92年に理学部天文学科に進んだ。94年東大大学院に入り、99年には20代で理学博士の学位を取得した。 本間氏を、大学院時代から知る谷口氏は、当時から「バキバキに頭のいい人だった」と振り返る。

「大学院では、電波による銀河の研究で、非常に優れた論文を出していた。若いときからバリバリ活躍するのは、実は東大や京大でも多くない。本間先生は最初から切れ味抜群で、『いい天文学者になる』と注目していた」

2000年に国立天文台助手、07年に同助教、准教授を経て、15年に43歳で教授となり、国立天文台水沢VLBI観測所(岩手県奥州市)の所長にも就いた。

「通常、所長は日本人の発想では『名誉職』なので、就任するのは(大学などの)退官直前から60代、早くても50代後半が多い。40代で所長になるのはまれなケースだ」と谷口氏。

ブラックホールを観測するため、世界各地の望遠鏡をつなぎ、幅広く電波を捉えることでデータを集める「超長基線電波干渉計(VLBI)」と呼ばれる方式を取った。国際協力は不可欠だったが、前出の谷口氏は本間氏の手腕をこう評する。

「米国生まれの本間先生は語学も堪能で、欧米的なビジネス感覚も持ち合わせている。数百人の国際プロジェクトでは、それぞれ考えや関心が違うので苦労が多く、人間性が備わっていないと人はついてこない。そのなかで存在感を示すには超優秀でないと無理だ」

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